ショパンじゃなくていい|そう思ったらピアノは自由になった

ショパンじゃなくていい


いつかはショパン?

ピアノをやっていると、

「いつかはショパンが弾けるようになりたい」

そう思ったことがある方、多いのではないでしょうか。

実際、発表会やYouTubeでも目にするのはショパンの曲が多くて、
なんとなく

「ショパンが弾ける=上手い」

そんなイメージ、ありますよね。

でも、本当に、
ショパンじゃないといけないのでしょうか?

ショパンはもちろん素晴らしい作曲家です。
でも、それが“目標のすべて”になってしまうと、

音楽は少しずつ苦しいものに変わってしまうかもしれません。

本来の目的だったはずの
「音楽を楽しむこと」が、置き去りになってしまうからです。

大切なのは

どう音を感じるか
どう音楽として表現するか

ではないでしょうか?


楽譜がないと弾けない、という違和感

例えば、

ショパンの曲を一生懸命練習して
間違えずに弾けるようになったのに

「なんか違う」
「音楽にならない」

と感じたことはありませんか?

また、

難しいエチュードを弾きこなせるのに、
楽譜がないと簡単な曲さえ弾けない

そんなことはないでしょうか?

たとえば、

誕生日に「ハッピーバースデー」を弾いてと言われたとき
街で聴いたメロディを再現したいとき

ピアノを弾く手が固まってしまう・・

それは、
「音楽」ではなく
「音符をなぞること」が身についてしまっている状態なのかもしれません。


目標は「幻想即興曲」?

例えば、「ショパンの幻想即興曲を弾けるようになりたい」

そう思っている方、多いのではないでしょうか?


でも、

「その曲を弾くこと(難しい曲を弾くこと)」だけが目的になると、

演奏が
「音楽」ではなく
「作業」になってしまうのです。

音符の通りに頑張って弾くことだけに一生懸命になって、

「何か違う」
「音楽にならない」

という違和感だけが残る。

目標を持つことは素晴らしいことです。

ただ、
達成することだけが目的になってしまうと、音楽は苦しくなってしまうのでは?


ショパンじゃなくてもいい理由

私は、ショパンの曲も好きです。

でも、ショパンでないといけないわけではないのです。

例えば、クラシックで言うなら
バッハやベートーベン、ドビュッシーも・・

そして、ポップスでもロックでもいい。

そこに優劣はないはずなのです。

本当に大切なのは

「何を感じて、それをどう表現するか」

楽譜通りに完璧に弾くことよりも、

「好き」という気持ちを
音にできること。

ショパンを弾きたいと思ったその瞬間の気持ちが大切だと思うのです。


最初の「好き!」を思い出そう

私自身、

クラシックを学ぶ中で
苦しさを感じていた時期がありました。

子ども時代の私は決して「良い生徒」ではなく、
楽譜通りよりも遊び弾きが好きな子どもでした。

それでも、

「正しく弾かなければいけない」

という空気の中で、
いつの間にか音楽が苦しくなっていたのです。

でも、

「好きなように弾いていい」

そう思えるようになってから、
音楽が好きピアノが好きだって本当に思えるようになったのです。

だから私は思うのです。

ショパンじゃなくてもいい。

大切なのは

「何を弾くか」ではなく
どう音楽にするか?

クラシックは自分の感じたままに表現というより、
作曲家が何を考えて曲を書いたのかを考えての表現にはなりますが・・・

最初にピアノに触れたときの

「この音、きれい」
「この曲、弾いてみたい」

その気持ちを、忘れないでほしいのです。


その気持ちを忘れないでいられれば、

音楽はもっと自由で、
もっと楽しいものになります。

もし今、

・楽譜がないと弾けない
・音楽になっている感じがしない
・自由に弾きたいけどどうすれば良いかわからない

そんななんとなくのモヤモヤがあるなら
今のあなたに合った練習の方向を知ることで、

今の状態から抜け出すヒントが見つかるかもしれません。

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次回予告

次回は、

「音大に行かないならやめなさい」

そう言われた過去の話と、
そこから見えた音楽の本質についてお話しします。


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